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「特許翻訳という仕事の魅力と未来」

執筆者A 某大手事務所勤務 商標弁理士

目 次

I.特許翻訳とは

II.特許翻訳者になるには

(1)勉強方法

  (2)資格取得

III.特許翻訳における落とし穴

(1)翻訳において起こりえるエラー「タイポ」、「用語の誤用」、「意味のシフト」

  (2)エラーに起因し得る重篤な法律上の不利益

IV.特許翻訳の魅力と未来

 現在、社内もしくはフリーランスで翻訳のお仕事をされている方々、あるいはこれから翻訳者になろうと考えている方々の中には、特許翻訳に興味をもたれていらっしゃる方も多いのではないかと思います。

 今回は、翻訳の中でも知財、特に特許翻訳に焦点を当ててお話したいと思います。

I.特許翻訳とは

 そもそも、特許翻訳とは何でしょうか?

 特許翻訳の主な目的は、特許(出願)に係る発明の内容を正確に他の言語で伝え、特許の国際的な保護や技術移転を円滑に行うことです。

 したがって、特許翻訳とは、特許文書をある言語から別の言語に翻訳することを指します。特許文書には、特許出願書類、特許明細書、クレーム、審査報告書などが含まれます。中でも、和訳の場合、PCT出願やパリルートの外国書面出願の日本国内移行の際に特許庁に提出される明細書の翻訳文がその多くを占めます。

 特許翻訳には以下のような特徴があります:

(1)正確性:技術的な詳細や法的な表現を正確に翻訳することが求められます。

(2)適切な専門用語の使用:特許分野特有の専門用語を正確に使用する必要があります。

(3)一貫性:同じ用語や表現を一貫して使用することが重要です。一貫性は、「整合性(consistency)」とも呼ばれます。

 これらのうち、(2)や(3)は特許翻訳を象徴する特徴と言えると思います。

 特許翻訳は、特許事務所や翻訳会社、企業の知的財産部門などで行われることが多く、技術的な専門知識と法的な知識の両方が必要とされるため、非常に専門的な分野の翻訳です。

 具体的には、特許における技術的な分野とは、大まかには機械工学系、電気・電子工学系、化学系、医薬・バイオテクノロジー系の分野です。

 翻訳者の中には文系の方が多いと思われますが、これらの分野の基本的な知識や用語は、特許翻訳には必須と言えます。なぜなら、原文、例えば英文を文法に従ってママ訳(そのまま訳すこと)したとしても、原文に誤記などがあったり、何らかの用語が省略されたりなどして、「技術的に」あるいは発明者が意図する「発明ではない」間違った訳文になる可能性が常にあるからです。そのため、そういった「間違い」に気づく程度の知識が必要になってきます。

 符号や構成要素の名称などの誤記程度であれば、文脈から後々直す(審査の過程では「手続補正」によって補正する)ことができる場合もありますが、それが、例えば、そのような「間違い」が機械の構成要素同士の関係、化学の場合、組成物を構成する要素同士の関係などだった場合、特許においては補正(あるいは誤訳訂正できない致命的なミスになりかねません。

 つまり、翻訳する発明の技術分野の知識を有することでより正確な訳文が作成でき、「(1)正確性」を満たすことができるのです。

 「(2)適切な専門用語の使用」ですが、ここで言う専門用語とは、それぞれの分野で用いられている技術用語に限らず、特許業界における常套句のことであり、例えば、”prior art(先行技術)”、”those skilled in the art(当業者)”、”Priority Date(優先日)、”Patentability(特許性)”などなど、枚挙にいとまがありません。

 さらには、これらの用語の法的な意味も理解している必要があります。

 最後に、「(3)一貫性」ですが、特に、日本の特許出願の審査では、同じ構成要素は同じ用語で統一されていなければならず、そうでなければ、特許法第36条第6項第2号の「不明りょうな記載(明確性違反)」に該当する、あるいは明細書中での説明事項と、クレームでの記載事項が一致していなければ、特許法第36条第6項第1号のサポート要件違反となり、いずれも拒絶理由の根拠となってしまう可能性あります。

 日本の特許出願の審査基準を中心のお話しており、審査基準は諸外国によってもちろん異なりますが、要件はほぼ同じと考えて良いと思います。

 一貫性の不備は、翻訳に起因する拒絶理由になりますので、クライアントの信用を失いかねず、そのため、法的な知識が必要となってくるわけです。

 このように、特許翻訳とは、一言で語れるほど単純なものではなく、言語の知識のみならず、技術的、法的知識が必要とされる、非常に高度な翻訳なのです。

II.特許翻訳者になるには

 それでは、特許翻訳者になるにはどうすればよいのでしょう?

 ここでは、翻訳初心者ならびにすでに翻訳の経験がある方に共通する部分でお話したいと思います。

(1)勉強方法

 ・翻訳する言語(例えば、英語⇔日本語)における高いレベルの言語能力を身につける。

非常に地味で根気がいることですし、参考書だけを読んでいても飽きてしまいますので、すでに公開されている公報などを参考に、実際に翻訳してみるのも効果的ではないかと思います。ただし、公開されているからといって訳文が正しいとは限りません。が、特許翻訳、特に、特許出願明細書特有の様式や用語に慣れるには一番の近道ではないでしょうか?

実際、特許事務所などでは、経験者の訳文のチェック(PE(ポストエディット))から入り、次に、チェッカーの指導の下で自分で訳すようになる、というのが一般的です。

 ・技術分野を決める

機械工学系、電気・電子工学系、化学系、医薬・バイオテクノロジー系の分野のいずれを自分が得意とする技術分野にするかを決めましょう。

文系の方は、機械工学系から入ることが多いですが、それは、図面がある場合が多く、技術的特徴を確認しやすいからです。また、最近では、やはりIT系分野である伝記・電子工学系の需要が多いことから、この分野を目指す方も多いようです。

一方、化学系、医薬・バイオテクノロジー系は、元素記号、化学式などに馴染みがないと非常に難しい分野と言えるでしょう。また、化合物のクレームの記載方法は煩雑で、原文の言語に精通していても、技術的知識がないと解読が難しい場合があります。

とは言え、化学系は、化学プラントから日用品、半導体材料まで非常に幅広い技術に関連していますので、化学系の特許翻訳者の需要も高いと言えます。

 ・翻訳支援ツールの習熟

すでに翻訳者として活躍されている方々の中には、TradosなどのいわゆるCATツールやDeepL等をデフォルトツールとして活用されている、あるいは、翻訳会社等から使用を必須とされている方々も多いでしょう。

これらの翻訳支援ツールは入力の手間が省ける、数値等の転記の間違いが少なくなり翻訳作業の時間を大幅に削減できることから、最後の仕上げに時間をかけることができる、という大きなメリットがあります。

そのため、今後ますます、翻訳支援ツールの習熟は必要となってくるでしょう。

  (2)資格取得

 特許翻訳者のための資格としては、日本知的財産翻訳協会(NIPTA知的財産翻訳検定試験概要 (nipta.orgの知的財産翻訳検定試験が日本で唯一の知財翻訳検定であり、一級合格を目指すことをお勧めします(2024年はリニューアルのために開催なし)。

 この検定は、年に一回開催され、英文和訳一級は、化学、機械工学、知財法務実務、バイオテクノロジー、電気・電子工学に分かれており、それぞれの合格者は、なんと数人程度、ゼロの分野さえあるほどの難関となっています。

 ある程度知財翻訳の経験を積んだところで、受験してみてはいかがでしょう?

III.特許翻訳における落とし穴

 翻訳には当然ながらある程度のエラー(つまり、翻訳ミス)が起こり得るものですが、特許翻訳ではそのようなエラーが致命的になる場合があります。

 (1)翻訳において起こりえるエラー「タイポ」、「用語の誤用」、「意味のシフト」

 さきほど、翻訳支援ツール・機械翻訳の習熟は必須、と申し上げましたが、そのようなツールや機械翻訳を使用する際には、当然ながらデメリットもあります。

 中でも重大なデメリットとは、翻訳エラー、つまり、「誤記・誤変換・タイポ」、「不適切な用語」、「意味のシフト(かかりが間違っている等)」が、手作業の翻訳以上に発生することです。

 (2)エラーに起因し得る重篤な法律上の不利益

 これらのエラーは、翻訳支援ツール・機械翻訳を用いずとも起こりますが、いずれのエラーも異議・無効理由になる可能性があり、特に、「意味のシフト」エラーは、そもそも意図した内容と異なるものになるため、補正すると新規事項に該当し得ることから補正できない、異議・無効理由になり得る、ひいては第三者による侵害・侵害回避になる(本当であれば侵害に該当するにもかかわらず、エラーのために侵害に該当しなくなっている)可能性があり、発生頻度は低くとも、非常に悪影響の大きいエラーと言えます。

 つまり、翻訳のエラーに起因して発明の権利範囲が確保できず、クライアントが多大な不利益を被ってしまう、という最悪の影響を招いてしまう可能性がある、ということです。

 そのような「意味のシフト」エラーの一例としては、「物の発明」のクレームにおいて、次のような原文・訳文があったとします。

       原   文:「A replaced to B」

      訳文(誤訳):「Bに置換されたA」

 これは文法的には、間違った訳文とは言えません。

 

、「行為」ではなく「状態」を表す「態」にしなければ「方法」の発明になってしまい、プロダクトバイプロセス(特許法第36条第6項第2号)の拒絶理由になり得ますから、「Bに置換されている(being)A」と訳出しなければなりません。

 さらには、明細書中での説明事項とクレームでの記載事項とが一致していなければ、特許法第36条第6項第1号のサポート要件違反となり、拒絶理由の根拠となってしまう可能性あります。

 そのため、このようなエラーに留意し、技術的観点・審査の観点から翻訳文を作成し、見直すべきであり、言語の知識のみならず、技術的、法的知識が必要とされる所以はここにあります。

IV.特許翻訳の将来と魅力

 これまで申し上げてきたように、特許翻訳には非常に高度の言語学的知識と、ある程度の技術知識、さらには法的知識が要求されます。

1.高い翻訳料

 そのため、他の翻訳よりも高い対価が期待できる翻訳分野です。

 事実、英文和訳の特許明細書の翻訳の場合に一英単語当たり20円以上請求する翻訳会社もあり、特許事務所にいたってはもっと高額費用を請求するところさえあります。

 その一方で、すでに機械翻訳・AI翻訳を導入している企業、翻訳会社も43%を超えており(2022年翻訳通訳白書による)、年々、翻訳料は減少する傾向にはあります。

 特許翻訳料を決定する要因は、「プロセス」、「ボリューム」、「納品までのスピード」と言われています。

 特許翻訳の依頼から納品までのフローにはいくつかのプロセスがあり、そのプロセス(の数、工数)に応じて費用が変わります。

 例えば、特許出願明細書の翻訳で一番多くのプロセス数を要する場合:

  ・一次翻訳者が一次翻訳文を完成させる

  ・一次翻訳者とは別の翻訳者がチェックする

  ・翻訳文の完成・納品(もしくは特許庁へ提出)

という流れになります。

 特許事務所や企業の知財部等では、その特許技術分野の技術者が技術的な観点からチェックする場合もあるでしょう。

 この場合、品質も高いものになりますが、翻訳料は必然的に高額になります。

 対照的に、一番安いのは機械翻訳(AI翻訳含む)だけの場合でしょう。

 ただし、この場合、特許翻訳に求められる(1)正確性、(2)適切な専門用語の使用、(3)一貫性の要件を満たすことはほぼ不可能と言えるでしょう。

 さらには、上記の「III.特許翻訳における落とし穴」で指摘したような一定割合で発生する翻訳エラーもより多く発生すると考えられます。

 このように、手間暇と料金・品質は比例します。

 また、「ボリューム」が大きければ、単に翻訳に時間を要するだけでなく、特許翻訳の場合、技術的観点からのチェック、特に「(3)一貫性」の確認が大変になります。

 このあたりは、一般文書の翻訳とは異なる点かもしれません。なぜなら、通常、依頼原稿のボリュームが多い場合、割引サービスを行っている翻訳会社もあり、翻訳料金の単価は、「納期が短く、1ページのみ」が最も高く、「納期に余裕のある、大量翻訳」が最も安いということになるからです。

 特許翻訳の場合、そのような割引ではなく、近い納期でいくつかの関連特許出願があり、それぞれの明細書に重複する箇所がある場合には、そのような重複箇所が割引の対象となり得ます。

2.より速い納品までのスピード

 「納品までのスピード」は「プロセスの数」に反比例するように思われますが、ここで、翻訳支援ツールや機械翻訳、AI翻訳を使いこなせる経験豊富な特許翻訳者であれば、たとえボリュームのある案件であったとしても、重複箇所や類似箇所の訳出作業を容易かつ正確に行うことができ、さらには適切な用語の選択、一貫性の確認も速いため、品質とスピードが反比例しない、つまり、品質を維持しつつ、速く納品することが可能となるのです。

3.特許翻訳者の需要

 機械翻訳・AI翻訳の発達、普及により、仕事がなくなるのではないか?と懸念している翻訳者の方もいらっしゃるのではないかと思いますが、知財翻訳においてはそのような懸念は無用、と私は信じています。

 その根拠は、『翻訳支援ツール・機械翻訳を用いずとも、一定割合で起こり得るエラー』の存在です。

 先日東京ビックサイトで開催された「2024知財・情報フェア&コンファレンス」に出展されていたある翻訳エンジンの会社の方のコメントから:

AI翻訳は、ベースとなるデータベースが常に更新されていたり、プロンプトによっては参照するデータベースが異なったりするため、「揺れ(同じ文や単語でも異なる訳文ができること)」があって使い物にならない』

 機械翻訳の場合もしかりで、訳文の品質はベースとなる辞書等に依存するため、まだまだ信用できないというのが特許翻訳者間での認識です。

 確かに、翻訳支援ツール、機械翻訳・AI翻訳の台頭以前のように、ベタ(手作業)で翻訳していたころとは、納品までの期間も翻訳単価も減少傾向にあります。

 その一方で、品質に関してはこれまでと同等ものが求められており、専門的なスキルを備えつつ、翻訳支援ツール、機械翻訳・AI翻訳を使いこなせる翻訳者に仕事が割り振られるようになってきています。

 事実、TradosなどのCAT(翻訳支援)ツールの使用が必須の翻訳会社、特に海外の翻訳会社が増えています。

 すでに行われていることですが、今後の翻訳作業は、特許翻訳に限らず、翻訳支援ツール、機械翻訳・AI翻訳を利用して訳文を作成し、その際のエラーを修正して翻訳文を完成させ、いかに効率よく訳文を作成(出力)し、エラーを見つけて修正できるか、ということが翻訳者の「腕のみせどころ」となります。

 特に「エラーの修正」については、これまで触れてきましたように「(2)適切な専門用語の使用」に精通し、「(3)一貫性」の必要性が見抜ける「力」が必要となってきますので、優秀な特許翻訳者の需要は益々増えていくことでしょう。

 最後に、これから特許翻訳者を目指す方、目指そうと迷っている方に一言!

 ぜひ特許翻訳者を目指し、特許翻訳業界を盛り上げてほしいと思います。

執筆者A 某大手事務所勤務 商標弁理士 大手事務所に勤務している、文系(法学部)出身の弁理士です。 商標と意匠を専門としています。
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