弁理士視点でみるスタートアップ支援のやりがいとむずかしさ


技術と情熱が交差する最前線で弁理士が果たす役割
さて、今回はスタートアップ支援における弁理士としてのやりがいと、現場で感じるむずかしさにも触れながら、つづっていきたいと思います。
近年、スタートアップの知財支援に関心を寄せる弁理士が増えています。既存企業の出願業務とは異なり、ゼロから事業を立ち上げる現場に伴走する仕事には、独特のやりがいとむずかしさが共存しています。
特許や商標といった権利の取得だけではなく、事業戦略そのものに影響を与える知財のあり方を提案し、企業の成長を支える。これは弁理士という職能に新たな意味をもたらすものです。
本記事では、スタートアップ支援に取り組む弁理士の視点から、「やりがい」と「むずかしさ」それぞれの側面を具体的に紹介し、これから支援に携わる方へのヒントを提供できればと考えます。
やりがい①:技術と経営の両面から支援できる
スタートアップ支援の醍醐味の一つは、技術とビジネスの両輪に深く関われる点です。スタートアップの屋台骨である技術の中身を理解し、どう特許で保護するかを考える一方で、それが市場でどう価値を発揮するか、競合とどう差別化するかといった経営的視点も不可欠になります。
また、もし技術的に特許が取りづらい領域である場合でも、意匠や商標と組み合わせて、競争優位性を高める戦略を提案し、投資家からの評価につながることも考えられます。
単なる出願代行ではなく、「事業の成功に貢献する知財戦略」を描くことができたとき、弁理士として、また知財の専門家としてのやりがいを強く感じます。
やりがい②:成長を間近で見守れる達成感
仮に現在のお立場が特許事務所の弁理士である場合、大企業の知財部とのやり取りでは、プロジェクトの一部にしか関与できないことが多いのに対し、スタートアップでは初期の立ち上げからIPOやM&Aまで、長期にわたって寄り添える場合もあります。
特許出願から始まり、権利化、資金調達、契約交渉、出口戦略まで、一連のビジネスのプロセスの中で知財がどう機能し、どう評価されていくのかを肌で感じられることは、弁理士としての成長にもつながります。私が携わる技術分野においては、1つ1つの知財の存在が高く評価される傾向にありますが、技術分野によっては、知財が重要視されるか否かが分かれてくる場合もあります。
実際に、自分が関与した特許や商標が企業の資産として評価され、事業の拡大に寄与する場面に立ち会えたとき、弁理士として存在価値を示すことができた、と実感できます。
やりがい③:社会課題解決に貢献できる
多くのスタートアップは、医療、環境、教育、地域活性化などの社会的課題を解決しようとしています。弁理士として彼らの挑戦を支援することは、間接的に社会貢献につながるともいえるでしょう。
例えば、ある環境系スタートアップのケースでは、地球温暖化対策に資する技術を特許で守りつつ、資金調達や国際的な環境団体との連携の面でも知財面からサポートできることでしょう。特にこうした環境系のスタートアップの技術では、グリーン関連出願として早期審査の対象となる場合があります。
各国特許庁が出している補助制度についても適切な情報を提供し、自ら行った支援がそのスタートアップの事業の成功へとつながり、社会的インパクトを持つとき、弁理士という仕事の可能性を強く感じます。
むずかしさ①:知財リテラシーのギャップに悩む
一方で、スタートアップ支援には特有のむずかしさも存在します。
そのひとつが、創業者側の知財リテラシーの低さです。知財の重要性を十分に理解しておらず、「とりあえず出願すればいい」と誤解しているケースも少なくありません。そして、出願手続きが済めば、特許を取得したと勘違いしているケースも散見されます。
このような場面では、弁理士が「教育者」としての役割も果たす必要があります。技術の内容をかみ砕き、なぜこのタイミングで出願が必要なのか、なぜこの手続きが必要なのか、なぜ細かくヒアリングをしているのか、を丁寧に説明しなければなりません。
また、各種の手続きには当然ながら費用が発生します。手続きの流れと意味の教育に加えて、いつどのようなタイミングでどの程度の費用が発生することが見込まれるかを的確に伝えることも、スタートアップの支援においては重要です。「知財をコストではなく将来への投資ととらえてもらう」ことはなかなか容易ではありませんが、それができたとき、創業者側のリテラシーが一気に向上し、どんどんアイデアがでてくる好循環に結び付くかもしれません。そうなれば、さらに支援の成果は大きくなります。
むずかしさ②:不確実性とスピードへの対応
スタートアップ支援では、事業が急激に方向転換することも多く、出願戦略や契約内容も柔軟に見直さざるを得ないことがあります。長期的視点と短期的対応力のバランスが非常に難しいことだと感じます。
たとえば、開発中の製品が急遽方針転換し、それにあわせて特許請求項の構成や商標戦略も見直しを迫られたという事例もよく聞きます。弁理士としては、そうした変化をキャッチアップしながら、迅速かつ的確に対応する必要があります。出願内容のヒアリングから将来わずかでも転換する可能性のある情報を盛り込んだり、出願タイミングによっては出願取り下げ、優先権主張、出願変更など柔軟にとったり、と対応が変わってくるのです。
また、創業者の熱量に合わせたスピード感を持つことも重要で、一般的な特許業務の感覚だけでは対応が難しいと感じることもあります。特許は先願主義ですので、出願書類の最低限の品質を担保しつつ、出願日の確保こそ優先されるケースもあります。そのような場合は、優先権主張可能な期間を最大限使って、不明瞭な記載を修正したり、追加実験データを追記したりといった対応をとることになるでしょう。
むずかしさ③:法務・経営・技術のハイブリッド対応
スタートアップ支援では、法的知識、ビジネス感覚、技術的理解という三つの能力が同時に求められます。いわば“知財も含めた総合格闘技”とも言える領域です。
特許出願の範囲をどう設定すれば、投資家からの評価につながるか、ライセンス契約をどう設計すれば競合を排除できるか、技術をどう守れば次の資金調達まで優位性を保てるか——これらの問いに答えるには、出願代行を行うだけの弁理士としてでは務まらず、既存の枠を超えた知見が必要になります。また、スタートアップの創業者側も、知財だけの専門家よりは、知財に加えて、他の知識や感覚を持っている人材にこそ支援を頼みたいと考える方も少なくありません。
その分、難易度は高いですが、自身のスキルの幅を広げる機会としても、大きな魅力があるように考えます。
スタートアップ支援に取り組む弁理士への提言
これからスタートアップ支援に携わる弁理士には、ぜひ以下の3つの意識を持つよう努めることをおすすめします。
①対話と信頼を重視する姿勢
知財戦略は、創業者の価値観や企業のビジョンに深く関わるものです。相手の思いに共感し、信頼関係を築くことが支援の第一歩です。信頼関係は一朝一夕で構築できるものではありません。迅速な対応、親身な態度、的確な進言、日々の積み重ねこそが厚い信頼をひとつずつ築いていく礎となります。
②“伴走者”としての柔軟性
弁理士は「アドバイザー」であると同時に「伴走者」でもあります。決まった正解のない中で、創業者と共に悩み、判断し、前進していく柔軟性が求められます。そのためにも常に業界の情報に網を張って柔軟な対応がとれるように努めましょう。
③自らの知識をアップデートし続ける意欲
生成AIやバイオ関連技術、Web3など、スタートアップの多くは最先端分野で戦っています。弁理士自身も常に学び続ける姿勢が不可欠です。今世の中にない、新たな技術を権利として形作るのが弁理士の仕事ですので、新しいものや技術がお好きな弁理士は多いと思いますが、新たに登場してくる技術について情報をアップデートし続けることが大切となるでしょう。
まとめ:スタートアップ支援は「知財の原点」かもしれない
スタートアップ支援は、技術を扱い、事業基盤を支える権利を扱う知財専門家が最も輝ける場の一つです。その分、定型にはまらない課題も多く、知財だけの知識・経験では太刀打ちできない問題にも直面します。決して楽な仕事ではありません。
しかしながら、創業者の熱意に寄り添い、「新たな技術を社会に届け、産業の発達に寄与する」という知財の原点に立ち返らせてくれる貴重なフィールドでもあります。
弁理士として、ただの書類作成業務にとどまらず、未来をつくる挑戦に並走できること——それこそが、スタートアップ支援の何よりの魅力だといえるでしょう。
